大判例

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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4284号 判決

原告

アール・ダブリュ・スタージ・アンド・カンパニー

右代表者

ピー・エス・プライステッド

右訴訟代理人弁護士

窪田健夫

被告

キング・コング・リー

右訴訟代理人弁護士

畑口紘

田中晋

主文

一  原告の本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一原告の請求

原告の請求は、被告を美術品の盗難につき保管上の過失ある者として、金六二七九万円の損害賠償金(遅延損害金を含む。)の支払を求めるものである。

二事案の概要

1  原告は、右美術品は英国の美術商と本件の共同被告である株式会社大仁堂との条件付売買に基づき、大仁堂の使者である被告に交付したものであるとして、大仁堂に対しても右契約に基づく請求として、本件と同額の請求をしている。

2  争いのない事実等

(一)  原告は、英国の保険会社であって、ロイズ保険の筆頭保険者である。ロイズ保険は、昭和五八年七月、明王朝時代の美術品である皿(「本件皿」という。)につき、英国の美術商であるエスケナジイ・リミテッドとの間で保険契約を結んだ(甲四五3ないし5により認める)。

(二)  被告は、香港に住所を有し、英国の国籍を有する者であって、昭和五九年一二月一三日英国ロンドンにおいて、エスケナジイ・リミテッドから本件皿の交付を受け保管していたが、翌日ロンドンのホテルにおいて、本件皿を盗まれた。

(三)  原告は本件皿の保険者として、保険契約に基づき、保険金をエスケナジイ・リミテッドに支払ったとして、保険代位に基づき本件の請求をしている。

3  争点

本件訴えについて、日本の裁判所に裁判権があるか。

三争点についての判断

1 本件訴えは、英国の法人である原告が、香港に住所を有する英国籍の被告に対して損害賠償を請求するものである。このような外国人を被告とする渉外事件に対して、日本の裁判所に国際裁判管轄権が認められるか否かについては、現在のところ、これを直接規律する明文の法規や条約はなく、また一般に承認された明確な国際法上の原則も確立していない。そこで、この点については、いずれの国で裁判を行うことが当事者間に公平で適正・迅速な裁判を実現し、渉外私法生活関係の安定を図る上で適切かという観点から、条理にしたがって決定することが相当である。

ところで、民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内に認められる場合には、日本の裁判所に裁判権を認めるのが原則として条理にかなうとすべきことは、最高裁判所の判例(昭和五六年一〇月一六日判決民集三五巻七号一二二四頁)の示すところである。もっとも、訴えの主観的併合の場合にも併合請求の裁判籍に関する民事訴訟法二一条の規定が適用されるところ、右規定によって裁判籍が日本国内に認められるにすぎない場合にまで日本の裁判所に裁判権を認めることは、事案によっては原告の便宜に偏し、被告に著しい応訴の不利益を強いることとなり、右条理に背く結果となることも考えられる。したがって、訴えの主観的併合による併合請求の裁判籍が日本国内に認められるにすぎない被告については、具体的な事案に照らして、日本で裁判を行うことが当事者間の公平や裁判の適正・迅速といった理念に合致するかどうかを検討し、これを肯定できる場合に日本の裁判所に裁判権を認めることが、右条理に適うものというべきである。

2  本件では、弁論の全趣旨により、弁論分離前の共同被告である大仁堂の本店が東京都港区南青山六丁目一二番一号に所在することが認められるから、大仁堂については民事訴訟法四条による普通裁判籍が日本国内に存在する。そして、原告の大仁堂に対する事案の概要1記載の訴えと、被告に対する本件訴えとは、被告がエスケナジイ・リミテッドから預かった本件皿の盗難という同一の原因に基づく損害賠償であるから、被告には民事訴訟法二一条により併合請求の裁判籍が日本国内にあることが認められる。しかし、被告には、他に日本国内に裁判籍を認める管轄原因が存在しない。

3  そこで、本件訴えについて、併合請求の裁判籍が日本国内に存在することを根拠として日本の裁判所に裁判権を認めることが、当事者間の公平や裁判の適正・迅速という理念に合致するか否かについて検討する。

(一)  訴訟追行に関する各当事者の負担について

(1) 原告は、大仁堂に対する訴えと本件訴えとを併合して提訴しているが、本件訴えについて日本の裁判所に裁判権がないものとすれば、原告は被告に対する訴えを、日本以外の国において別途提起しなければならないことになる。

しかしながら、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告が表記のとおり英国に登記簿上の住所(本店)を有する法人であること、被告は表記のとおり香港に住所を有し、英国の国籍を有する者であること、被告が本件皿を盗まれたのは、英国ロンドン市内のメイ・フェア・ホテル内であったことが認められる。これらの事実によれば、原告が被告に対して新たに訴訟を提起する場合、不法行為地である英国、または、被告の住所地である香港の裁判所に対してこれをなすことになるものと考えられる。しかし、英国は原告の住所地でもあるから、英国の裁判所に提起することは、原告にとって格別負担であるとは言えない。また、香港の裁判所に提訴するとしても、原告の本店所在地が英国である点に鑑みれば、日本の裁判所において訴訟を追行した場合と比較して、訴えの併合による同時審理を受けられないことによる負担が増加する以上に、原告が格別の不利益を受けるわけではない。したがって、日本の裁判所に裁判権を認めないことによって訴訟追行上原告が受けるであろう不利益は、大きいとは言えない。

(2) これに対して、被告は香港に住所を有する個人であるから、日本において応訴を余儀なくされた場合、同人の蒙る負担が大きいことは、容易に想像できるところである。

もっとも、証拠によれば、被告は大仁堂の取締役として登記されており〈証拠〉、また被告は香港でガモン・アート・ギャラリー・リミテッドという名称の会社を経営しているところ、同社の登録に被告の住所として、東京都港区南青山六丁目一二―一と記載されていること〈証拠〉などを認めることができ、被告が日本と無関係ではないことが窺われる。また、弁論の全趣旨によれば、被告は時々日本を訪問していること、本件と併合して提訴されて当裁判所に係属中の原告と大仁堂との間の損害賠償請求訴訟において、被告が証人として尋問を受ける可能性が高く、その場合には司法共助によらない限り、日本の当裁判所に出頭することを余儀なくされることが認められる。

しかしながら、時々来日するにすぎない被告が日本の裁判所において応訴する場合の負担は大きいと言えるし、また応訴の負担が、証人としての出頭による負担と比較して、はるかに大きいことは言うまでもない。

(3) 以上のとおり、原告の訴え提起の便宜と被告の応訴における不利益とを比較すると、被告の不利益が不相当に大きいと言わなければならない。

(二)  裁判の適正・迅速について

(1) 原告の本件訴えと、大仁堂に対する訴えとは、いずれも被告が英国ロンドンにおいて本件皿を盗難されたという、同一の原因に基づく損害賠償請求である。したがって、両請求は密接な関連性を有しており、一括して審理することが、訴訟経済に合致するものと言うことができる。

しかし、本件訴えが被告の受託者としての責任または不法行為責任を追及するものであるのに対し、大仁堂に対する訴えは、原告が大仁堂との契約に基づく債務不履行責任を追及するものである。そして、弁論の全趣旨によれば、被告は実体面については、主に本件皿の盗難に過失があったかどうかを争点とするものと推測され、他方大仁堂は、原告が主張するような契約の有無や被告の立場が何であったかなどを主要な争点として設定していることが認められる。したがって、双方の訴訟の争点は別個のもので、両請求を併合することにより統一的な認定・判断を行う必要性が高いとは言えない。

(2) 次に、本件訴えに関する証拠の所在について検討する。

右にみたとおり、被告は、実体面では本件皿の盗難に関し過失があったことを争うものと推測されるが、被告は本件皿を英国ロンドン市内においてエスケナジイ・リミテッドの経営者であるギゼッペ・エスケナジイから受け取り、同市内のホテルにおいて盗難に遭ったものであるから、被告の過失の有無に関する証拠は、被告本人を別とすれば、そのほとんどが英国内に存在するものと考えられる。

(3) さらに、被告の防御活動と大仁堂の防御活動との関係について検討する。

本件では、日本国内に本店が所在する大仁堂の方が、被告に比べて、日本の裁判所において防御活動をすることが容易である。そして、共同訴訟における当事者の間では主張共通・証拠共通の原則が認められるから、大仁堂と被告が防御活動においてその内容や利害が一致するような場合には、被告は自己の防御を大仁堂の防御活動に依拠することができる。

しかし、本件の場合、本件訴えと大仁堂に対する訴えとは、同一の事実に基づく損害賠償請求でありながら、前記(1)のとおり、それぞれ訴訟物及び争点を異にしているから、被告は自己の防御をほとんど大仁堂の主張・立証活動に委ねることができないものと考えられる。したがって、本件訴えについて日本の裁判所に裁判権を認めることは、被告には利益がなく、不利益だけを与える結果になるものと言わなければならない。

(4) 最後に、訴訟の迅速という見地から検討すると、前記のとおり、本件訴えと大仁堂に対する訴えとが争点を異にしている以上、両請求を併合審理することは、かえって審理を遅らせる結果を招くものと考えられる。

4 以上検討したとおり、本件訴えについて日本の裁判所に裁判権を認めることは、原告の受ける便益に比較して、被告に過度の応訴の負担を負わせる点で当事者間の公平の理念に反し、また裁判の適正・迅速の見地からしても、望ましいものと言うことはできない。

したがって、本件訴えについて、民事訴訟法二一条による併合請求の裁判籍が日本国内にあることを根拠として日本の裁判所に裁判権があるとする原告の主張は、採用することができない。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官岩田好二 裁判官森英明)

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